『夜道』
うすら寒い風を体に受け、しばし立ち尽くす。
なんのことはない……そう、なんのことはない。
ただ、ジュースを自動販売機まで買いに行くだけなのだから。
……そうして、サンダルを履いた足を前に差し出し、歩き出す。
《カササ》
突然の出来事に思わず足は止まってしまう。
そして、恐怖を振り払うかのように周りを見渡し、耳を、目を、五感を研ぎ澄ます……
しかし、それが仇となった。
《…カサッ》
《…ゴボゴボゴボ…》
……心臓が跳ね上がった気がした。
耳を研ぎ澄ました故に、余計な音まで追加された。
少し呼吸が荒くなったことに気付くと、頭が冷えた。
“なんでもない、紙屑か何かだ”
“なんでもない、下水の音だ”
今まで警戒していた自らを恥じるように、ぶっきらぼうに歩き出す。
五感を研ぎ澄ましたせいか、やけに風景が違って見える。
…風の音…電灯…看板…公衆電話…
ふと、自分に反応した隣の家の電灯が眩しく感じた。
眩しい故に、“その周りはなんて昏いことか”……と。
そして、電灯は消え、真っ暗な夜道に自分が一人。
不思議と恐怖はない。
止まっていた事を気付かせないほど自然に歩みを進める。
春先とはいえ、薄着一枚では寒い夜風が身体を震わせる。
だが、身体の震えはそれだけではない気がした。
『なぜ震えている?』
自分の中の一人が言う。
『怖いからさ』
『嬉しいからさ』
自分の中の可能性が、同時に答える。
一人、この暗い夜道への恐怖から。
一人、己が恐怖を楽しんでいることから。
気付くと、自分でも不気味なぐらいの薄ら笑いを浮かべていた。
可能性は言う。
『恐怖を隠そうとしているのだ』
『現状を心の底から愉しんでいるのだ』
やはり同時に答えた。
自動販売機の前まで来ると、目の前に一枚の葉が横たわっていた。
風に揺られると、
《カササ》
と鳴いた。
最初の音の正体はこれか、と安堵を零す。
炭酸飲料と温かいコーヒーを買い、先程までの感情が嘘のように軽快に歩が進む。
だがそれは、霞掛かっただけであり、ふとした些細なきっかけで晴れてしまうものだと、表に出ない思考は確実にあった。
コーヒーを飲み干し、缶が冷えてしまった頃には、もう家はすぐそこだった。
しかし……
《…ジジッ…》
看板が、電気の通りが悪い音が合図と言わんばかりに夜風は強く吹く。
それに合わせて歩みが緩くなり……次第に足は止まっていた。
まるで別世界に来たような感触……
形容するなら“空気が違う”といったところか。
その異様な空間に、足は止まったまま動かない。
“恐怖で体が竦んだように”
“その嬉しさを噛み締めるように”
……わかっている。
単に自分が作り出した錯覚に過ぎないこと。
酷ければ“幻覚”となって顕れる、ただの妄想に過ぎない事。
程なくして、何事もなく玄関のドアに手をかける時、今歩いて来た夜道を見た。
“なんのことはない、ただの道だ”
そして……
「――――――」
と、薄ら笑いを浮かべつつ、ドアを閉める男がいた。
‐終‐
※この物語は七割ぐらいがノンフィクションです。
■いつもの締めの挨拶
いかがだったでしょうか。
コレ日記なんで、日付が変わった時の出来事です。
2時ぐらいかなー。
そうそう、最後の呟きは皆さんで想像してくださいw
たまには散歩もいいですね……なーんて感じの聖吾でした。